天皇さんと、ちょっとチャット(2)

 で、その天皇に会うという、しもじもの民には、考えられないような機会ですが、どういう経緯か書きますと、

 こちらアイルランドでは、在住する日本人が少ないせいか、それまで日本人会のようなものはありませんでした。 もちろん、日系企業からの赴任社員間の親睦会のようなものはあったようですが。 それで、いまから、7~8年前、あるダブリン在住の男性が、日本人会(本当の名前ではありませんが、ややこしいので、この名でいきます)を発足させました。

 私は、最初は、ただのメンバーの一人に過ぎなかったのですが、その発起人(会長)が、空手のある流派の高段者だったので、同じ武道をしている私と次第に話が合い、そのうち、私は、副会長ということになってしまいました。 まあ、この日本人会は、いろいろあって、その2-3年後、消滅したのですが、ここでは関係ないので省略します。
  
 そして、私が、その日本人会の副会長になっている間に、天皇・皇后のアイルランド訪問があったのです。 5-6年前だったか、確か、ノルウェイでの公式訪問へ向かう前にアイルランドに立ち寄ったと、いうことだったと思います。 

 その時、日本大使館から、日本人会副会長としての私に、その園遊会のような会合に参列するようにという旨の案内状が届いたのです。 正直少し悩みました。 行くべきか、行かざるべきか。 葛藤というほどではありませんが、今までの自分の思想信条からいって、簡単に「はい、行かせてもらいます。」というようなことは、できませんでした。 しかし、その天上人に会って、自分が、どういう風に感じ、どういう風な価値観の変化があるのか、自分自身の反応を見るのが楽しみに思えた時、「よし、行こう。」と決断しました。

 そして、その当日、私は、羽織袴姿で、妻は洋服で、車に乗り込み、ダブリンまでの4-5時間の移動に向かいました。 途中、パブなどによって食事をした際には、まわりのアイルランド人の好奇の目(このときばかりは、好奇だが肯定的な目で)にいくつも出会いました。 私は、日本人ここにあり、という思いでいました。 羽織袴は、もちろん絹製などではなく安物ですが、まあ素人目には、いい感じに見えます。 
 
 余談ですが、私は、時々、自分の家の近所でも、結婚式に呼ばれたときなど、羽織袴を含めた和服を着ることがあります。 また、毎年4月下旬には、外に、大きな鯉のぼりも掲げます。 アイルランドで、何匹の鯉のぼりが揚がっていることでしょうか。

 そして、パーティー会場に着きました。 そこは、ダブリン市内にある大きな公園の一角で、大統領府なども近くにあります。 会場そのものは、迎賓館のようなところでしたが、そんなに大きな建物ではありませんでした。 招待されていたのは、約200人前後。 男女ほぼ同数。 アイルランド人は、私の妻を含めても15人程度でした。

 そして、驚いたことに、その時その会場で、着物姿は、私一人だけでした。 男性は、恐らく私一人か、あと空手家の会長ぐらいかと、予想してました。 しかし、100人ちかくいた女性も含め、誰一人として着物を着ていなかったことに、正直、かなり落胆しました。

 だから、このとき、ぶどう酒(ワインよりもこの名の方が好きです、私は)を私たち招待客に給仕して回っていた若いアイルランド人女性が、私だけに近寄って、「綺麗ですね」とか「どういう服装ですか」とか親しげに聞いてきたのは、当然といえます。

 そうこうするうちに、私たち招待客は、大きく2分され、そして、2列毎に(だいたい夫婦単位で来ているので)並ばされました。 後で分かったことですが、天皇・皇后が、それぞれのグループに分かれて歓談するためです。 私たちのグループは、天皇さんのグループでした。

 並んでから、数分して、両人が来られました。 そして、前の方から、歓談が始まりました。 私は、この時点まで、出席者全員との歓談は、ないと思っていたのですが、いやちがう、全員と話をしていくような状況が見えてきたので、私は、にわかに緊張してきました。 その間、ちょっと横を見たら、例の神の国発言の森元総理の姿も見えました。
 
 そして、私たちの前にいた会長の話が終わり、会長たちが横へ下がり、私たち夫婦が、天皇の1メーター前に立ち並んだのです。