しゅーしゅーしゅけん、ほい。 あっ、まけた!

 もちろん、専門家でも何でもない私ですが、言語や方言のことについては、以前からいろいろああだこうだと思っていました。 でも、ここでは、何から書いていいのかわかりませんが、まあ、幼い頃からのものでいきましょか。
 
 私は、1958年に、兵庫県姫路市にある、かなり大きな被差別部落で生まれたことは、何回も書いてます。 天下の姫路城から直線距離では、南東に5-6キロ程しか離れてないと思います。 皮革産業の本場でしたから、言わば、部落の中の部落とも言える土地柄です。 そして、人口も多く、隣接する部落と合わせると最盛期には、5千人ぐらいの人口があったかもしれません。 私の地区だけでも、2千人ぐらいは、いたでしょう。 だから、私にとっては、実際、非常に小さな単位の被差別部落の人たちの生活実態については、わかりにくいところがあります。
 まあ、その大きな部落では、まわりの一般の地区と違う言葉がいくつかありました。 いちばん、分かりやすいのは、私が小学生の頃は、全国的に「じゃんけん、ぽん」や、あるいは、関西でよく使われる「じゃいけん、ほい」と呼ばれる遊びがありますね。 あの遊びを、私たちは、「しゅけん、ほい」と言ってました。 そう「じゃー、じゃー」の代わりも「しゅー、しゅー」でした。
 
 だから、全体では、「しゅーしゅーしゅけん、ほい。 あいこでしょ。」と言ってました。 でも、これは、じゃんけんの「けん」は、「拳」からきたものでしょうから、漢字では、「手拳」になり、語源の一つになのではと、大人になってそう、自分で勝手に解釈していました。 ただ、つい最近、姫路市の北部出身の友人に聞いたら、その友人も、「しゅけん」という言葉を、最初ではないが、2回目以降使うということを聞き、この「しゅけん」という言い方は、単に私の住んでた地区だけの言い方ではなく、姫路市の周辺で一般に使われていたものかもしれません。
 
 ちなみに、このインターネットで、「じゃんけん」の別名を少しだけですが見たところ、「しゅけん」というようなものは、全国どこにもありませんでした。
 
 次に、よく使っていたのが、「いしこい」という言葉です。 まあ、共通語的には、「生意気な」という感じの意味ですかね。 一般の形容詞と同じ、ちゃんと、「い」で終わっているりっぱなものですが、これは、私たちの部落周辺しかあまり使われず、姫路の町の方の人間もあまり知りません。 と、こんな感じで、一般の関西弁にプラス、地区独特の言葉がありました。