アイルランドの被差別集団トラベラーズーその強烈な個性

 アイルランドに旅行にくる人で国中を見てまわりたいと思う人は、ほとんど車を使うことになるでしょう。 鉄道はあまり発達していません。 それで、車で、主要な道を走っていると、必ず、ちょっとした道路脇の空き地に、キャンピングカーが、数台から数十台止まっているのを見ることになります。 それが、アイルランドで、トラベラーズと呼ばれている移動生活者の集団です。(旅行者という単語とおなじものです。)

 彼らには、いろいろな呼び方があり、かってはティンカーズとも言われてました。 ティンつまり金属の食器や生活道具を作って、売り歩いていたからです。 前に書いたように、彼らは、いわゆるジプシーの末裔だといわれてますが、いろいろな人々が混ざった様子もあり、本当のところよくわからないといったほうがいいかもしれません。 

 移動生活と言っても、現在のトラベラーズは、かなり一箇所に長く居るような感じもしますが、個々の家族で違うので、一概には言えないかもしれません。 何しろ、アイルランドでは、普通の統計数値もそんなに詳しくすぐ紹介されるということがないので、まして、移動し、登録などきちっとしない彼らの生活実態を把握するのは、かなり難しいものがあると、簡単に想像できます。

 彼らは、子沢山で、男尊女卑の傾向がつよく、また、結婚式など冠婚葬祭が派手です。 そして、一般のアイルランド人以上に敬虔なカトリックです。 寒い冬でも、キャンピングカーの中で、多くの家族が寝泊りしてます。 水道は、公共の蛇口をつかっています。(アイルランドでは、水道料金は、ありません) 彼らの今の主要な職業は何か、私ははっきり知りません。 しかし、家具から小物まで、いろいろ行商にでている人も多いです。 その中には、盗品も少なからずあるようです。 

 トラベラーズの男たちの趣味といおうかギャンブルといおうか、彼らには、素手でやるボクシングがあります。 ちょっと前のクリント・イーストウッドの映画をご存知でしょうか。 イーストウッドが、オランウータンを連れて、金儲けのために素手で戦ったあのボクシングです。 私は、テレビのドキュメンタリーで見ましたが、かなり壮絶でした。 でも、まあ、倒れているところへは、打ち込まないなど、ある程度のルールはあるようでした。 余談ですが、アイルランドは、オリンピックでは、あまり活躍していませんが、ボクシングだけはかなり強いほうです。 そのアマチュアボクシングの選手の多くは、トラベラーズの子弟です。
 
 彼らは、人種的には、一般のアイルランド人とほとんど変りませんが、われわれ日本人でも、ちょっと滞在がながくなると、町の中でも、彼らの存在は、すぐ気づくようになります。 それはというと、その服装が、ほとんどの場合、安物の感じではあるが、とても派手な感じと、より露出度が高い感じがすることです。 そして、何より、彼らの風貌・目つきが、非常に怖いといおうか、睨み付けるような感じがあるので、トータルしてすぐわかります。(※主に、これらは、街にショッピングによく来る女性たちの場合ですが。) 彼らは、非常になまりの強い英語を話します。 ある学者は、別の系統の言語が多く入っているとも言います。

 彼らは、その行動も粗野なことが多く、パブで乱闘したり、停泊地でゴミの放置をするなどの問題で、その周辺の一般定住者といつもゴタゴタが起きてます。 殺人など犯罪の発生も多く、政府あるいは警察は、その対策に頭を痛めています。 というのは、ヨーロッパ全体にある彼らマイノリティーへの人権・生活権を擁護しなければならないという強い理念と法律が、つっかえ棒になっているからです。 

 彼らと、日本の部落民との最大の違いは、私は、彼らが、一般的に見れば、非常に過酷な生活をしているように見えるし、周りからの厳しい蔑視の視線・差別感情があるのにもかかわらず、その生活スタイルを変えない、そして、トラベラーズであることに非常に強い誇りを持っているということです。

 部落の場合は、そこに住む人間は、まわりと特に異なった生活習慣があるわけではありません。 そして、なるべく周りから目立たないように、ひっそりと周りと同じような生活をしていきたい、というのが、おおかたの部落に住む人々の考えです。 実態をよく知らない人のために、念のため。 基本的には、経済的貧しさゆえ、高い教育が受けられない、いわゆるりっぱな仕事に就けないなどの人の割合が多いということだけなのです。 しかし、生活内容は、何もとくに一般の地区と異なることはありませんし、同じようにしたいと思っているのが、普通なのです。  

 結局、アイルランドのトラベラーズは、その生活実態からもその精神性からも日本の部落とはそうとうちがっていると言えます。 非常に強い自己主張と他人のことを考えない行動、そして、仲間うちでの強い連帯感。 彼らは、強い。 彼らは、ヨーロッパ人のその人権意識・人道主義から強く守られたやんちゃな子供のようです。 ヨーロッパには、アイルランドのトラべラーズのようなマイノリティーが多くいます。 ヨーロッパは、その崇高な人道主義の理念とは裏腹に、このようなジレンマも抱えているのです。