部落の出身であることーーー

 私が、なぜ私の出自を公表するのか、今時で言うカミングアウトするのか。 私の親しい友人は、皆このことを知ってますし、私は、芸能人ではないのですから、特別こんなことをするパブリシティー効果もないわけですが、やはり、そこは、社会への啓蒙ということもあるでしょうし、このブログを見ている若い部落出身の方々に少しでも勇気を与えられれば、と思うからです。

 まあ、2010年の日本、だいぶマイノリティーに対する表面的な態度は、20年前に比べて変っていると思います。 たとえば、在日コリアンのこと、沖縄のこと、アイヌのこと、身体障害者のことなどなどです。 

 今の韓国のドラマや音楽の人気は、本当に51歳の男の私には、想像もつきませんでした。 日本にいた頃は、人権問題として、在日の関係の本や講演会などにも接し、彼らの権利に興味がありましたが、今、日本人としてたった一人最前線で周囲のアイルランドカトリック文化と対峙している私にとっては、そのような他の国のドラマや音楽には、全然興味がわきません。
 
 ただ、冬のソナタが、大流行したあと、こちらの国際放送でも放映されたのは見ました。 それは、韓国の現代文化を知りたかったからです。 靴を脱いで家に入るとか、印鑑を使うなどということを映像で見た時は、新鮮な驚きでした。 ちょっと、脱線しますが、靴を脱ぐという文化面だけをみれば、同じことをするイスラム教徒に共感をいだく私です。 脱線ついでに、冬のソナタは、でも、だんだんストーリーとしてはとてもつまらないものになってきました。 そんなに偶然が重なるかとか、そんな常識的なこと調べてなかったのか、と思わず言いたくなりました。 まるで、40年まえの竹脇無我や栗原小巻たちが出ていたドラマのような展開でした。 私なら、そちらの古い日本のドラマの方をもっともっと見たいです。再放送で見たい!

 話は、また戻って、沖縄の気候や文化は、今、多く本土の人間にも愛されてます。 彼らのそのソース顔をかっこいいと思う人も多いでしょう。 また。昨今は、芸能人でも、自分がアイヌ出身であることを表明したり、その他のカミングアウト的言動が多く出てきているということは、皆さんご存知のとおりです。 

 だから、確かに、日本人の大体の人権意識は、向上しているように思えるのですが、しかし、本当はどうなのでしょか。 韓国ドラマが大好きな中高年の女性の皆さんは、自分の子供が、在日の人と結婚することに異論はないのでしょうか。

 沖縄が大好きな本土人。 でも、普天間で見られるように、大きな負担だけを沖縄に押し付けるその態度は、多くの本土人が、共有しているのではないでしょか。 沖縄の人への個人的偏見は、いまの日本では、もうほとんどないかもしれません。 しかし、基地の問題をみると、国の組織的対応という点においては、今も制度的差別があると、いわざるを得ない。 

 それに反し、部落の問題は、制度的には、ほぼ無くなったといえるかもしれない。 がしかし、多くの個人の思想・行動の上では、まだまだ深い差別感情が存在していると、私は思う。 また、これは、個人の思想というより、もう少し大きな組織だった差別的行為だったかもしれないが、今、再審請求の動きが出ている狭山事件も部落差別の一例と言えると思います、少なくとも、私たちは、当時の大人たちから、そう教えられました。 もし、被告の石川さんが、冤罪だったと証明されれば、恐ろしいことですよ。 足利事件の17年の2倍以上の年月です。 そして、部落問題に与えるインパクトは、とても大きなものになると思います。 いい方向か、悪い方向にか、わかりませんがーーー。