(概観)人類誕生から邪馬台(やまと)国の成立あたりまで (4)

  ”読む人知らず”の私のブログなんですが、念の為、ここでもう一度断っておきます。 すでに3回ほどつまらないものを書いていますが、これは、あくまで私の歴史観の備忘録的なものですので、どうぞ御理解を。 

 こっそり日記にでも書いておけば良いような内容なんですが、公開にしないともっと支離滅裂な文章、稚拙な内容になってしまうので、ここに書いています。 まあ、ダラダラと書いているだけですが、自分では、それで経緯がわかるので、これも御了承を! 

 

第二章 富・権力のための組織化・社会化そして移動

① 温暖化による食料革命と初期文明(約1万2千年前から5千5百年前頃) 

 前回までに、ホモ・サピエンスの世界拡散と、その各地で変異・人種化していく様子を記した。 しかし、既述のとおり、多くの地域で人類グループは、常に移動や混合を繰り返しており、その結果、最終的には、民族あるいは国などという集団を形成してまとまることになるが、遺伝的には、より混沌とした状態になっていると言える。

 ともかく、こうやって人類の遺伝的分化は、徐々に進んでいくのだが、今から約1万2千年前(紀元前BCE1万年前)頃に、また画期的なことが起こった。 最終氷期が、終りを迎えたのである。 その温暖化によって、結果的に、農耕や牧畜がおこり、人類の食料供給体制が、飛躍的に改善したのである。 

 それまでは、世界中のほとんどの地域で、人類は、狩猟採集生活を続けていた。 しかし、この温暖化に伴い、まず野生植物や動物が増加することによって、人類の食料獲得方法がより容易になっていった。 その後、植物の野生種の中には、種子や実を豊富に抱えるものが増え、それが自然落下などをして、人類に栽培のヒントを与えた。 これが、農耕の始まりだと考える。 中東・ヨーロッパでは、麦やヤシなど、アジアでは、稲などが栽培され始める(おそらく、揚子江以南)。 それとともに、牛や羊さらに犬や猫の家畜化も始まる。 これで、人類の食料供給方法は、飛躍的に変わり増大していった。 この時期が、今から約1万2000年前から9000年前あたりの間で確立されていった言われている。 

 極く最近の中学高校の教科書は、よく知らないが、少し前までのものでは、人類は、この農耕の始まったあたりの時期以降から、いわゆる4大文明の出現時期まで(早くとも5500年前頃(紀元前3500年頃))、特に大きな足跡を残すことなく沈黙の時期があったように記述されている。(記述がない、と言った方が良いのかも。) 私も含め、この間の人類の活動は、どうなっていたのだ、と思った人は多いはずだ。 

 しかし、ここにきて、近年の世界各地での科学調査の進展は、めざましく、この4大文明の起こったあたりのすべてで、その農耕文化が始まってすぐとも思われる(約9000年前)さらに精巧な石器や生活用具などが見つけられ、また、その地に社会集団が成立していたことが、示されてきているのである。 そして、そのような社会集団の痕跡は、同じ遺伝的集団あるいは民族によってなされたかどうかはわからないが、ともかく、いろいろな形で、有史と言われる時代がはじまるその紀元前3500年ぐらい前まで延々とつながって存在していたことが、あきらかになってきた。 これで、人類の7万年前からの進化・変化の旅は、有史の開始時期まで、ほぼ途切れることなく、その営みが分かってきたのである。

  その後、青銅器時代や鉄器時代などと並行して有史の世界が始まるわけだが、ここで、ちょっと一休みして、雑談めいたものだが、私が、昔読んだ人種に関する一般書のことを少し書きたい。 

 まず1冊目は、今では、荒唐無稽に思える内容だが、日本人である著者が、その本の中で、”トルコ人は、極端な短頭をしている。”と書いていたのであった。 この文を読めば、普通は、トルコ人は、我々日本人よりもっと短頭である、と思ってしまうだろう。

 短頭というのは、特にアジア人などで顕著であるが、人類が脳容積を増していく過程で、より円形になったほうが、容積が増えやすいため、そういう傾向になったと言われるもの。 また、シベリアなどの酷寒に対処するために、熱保温の関係で、北アジア人は、よりそういう傾向になったかもしれない。 

 しかし、とにかく、トルコ人たちは、1000年以上も前に何百年もかけて、今の中央アジアあたりからトルコの地にたどり着いた民族であるが、今のトルコ人は、骨格的な外見では、周辺の国の人々とは、ほとんど区別がつかない。 (肌色の差は、若干あるかもしれないが。) この本は、約40年前のものであるが、40年前のトルコ人たちと現在のトルコ人たちの外見が異なっている、とはまず考えられない。 私自身、20年前にトルコに観光旅行に行ったが、やはり、彼らは、アジア人には似ていなかったし、東アジア人(世界でおそらく最も短頭)よりも短頭であるようには全く見えなかった。

 おそらく、この著者は、欧米人の古い例えをそのまま借用して自分の本に書いたのではないか、という疑問が湧いてくるのであるが? 

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有名なトルコのアタチュルク初代大統領、今から140年くらい前出生。 ウィキより。 東アジア人には、似ていない。

 さて、もう一つの本は、これも一般用だか、もっと読み応えがあり、しかも、結構詳細な内容の本であった。 その要旨は、いわゆる黄人は、黒人グループと白人グループの融合によって生まれた人種集団であるということであった。 この著者は、皮膚科医でもあって、当時としては、肌の色などの科学に非常に詳しかった人だと思われる。

 もう少し詳しく言うと、この本によれば、人類は、黒人が先に出現し、各地に広まった。 その中で、アルビノ(白子)が生まれ、多分寒冷な土地あたりで、アルビノであっても、だんだん生き延びる人間が増え、やがて、継代していく間に、アルビノではなく白人として集団を築いていった、というのである。 その白人集団が、のちにある黒人集団と出会い、多くの子をもうけることによって、だんだんとその中間色の人間集団が出来上がっていった。 これが、黄色人種である。 というのが、彼の理論だった。 もうひとつ思い出したが、彼がこの本で言いたかったことは、人類は、類人猿に比べても成長の速度が遅い、大人になる時間がかかる。 なので、人類の進化としては、人類は、できるだけ赤ちゃんのような幼い体型を長く残している方が進化的に進んでおり、そして、それは、黄色人種である、という考えであった。

 要約であるので、おわかりにくい点もあるかと思うが、さて、分子生物学が発達した現在の科学からは、どうみえるのか? 体型については、生活様式の影響も多大であるので、絶対的にも相対的にも足の長さなどは、日本人の場合でも、現在の若者と100年前の若者では、相当な差があるように思うが?

 雑学的なもののついでに、これまでの人種あるいは民族の特色について、主要な違いと思われるものを列挙してみる。 まず、アフリカ系の人は、足などの筋肉の発達によって、その跳躍力や走力などが優れていることは、よく知られているが、他に、

・人種あるいは遺伝的差異によって、同じ食物を摂取しても、蛋白質などを生成する代謝合成機能などが異なる。(ある集団では、より筋肉がつきやすい。)

・アフリカ人は、骨密度が高く比重が重たい。(だから、あまり水泳は、特異でないかもしれない。 ただし、骨粗鬆症にはなりにくい。)  

・たとえば、中緯度地方にいる場合、肌の黒いアフリカ系の人は、白いヨーロッパ系の人の約8倍の日射時間を浴びなければ、皮膚からの十分なビタミンDは合成されない。(逆に言うと、白人は、少しの日射で十分で、それ以上浴びると皮膚癌になる可能性あり。)

・東アジア人は、熱い食品をあまり苦もなく食べられる。 辛味も同様か?(センサーが同じ?) しかし、アルコール分解酵素の活性が弱い。(関連性があるかも?)

・稲・コメのカロリーは、高く、その収穫によって、多くの人口を養えるようになる。 アジアの人口の増大? 

・あと、日本人や東アジア人は、肝臓や腎臓の機能(サイズも)が弱く、より少ない糖分や脂肪分で糖尿病・循環器系疾病を罹患しやすい。 逆に言えば、極端な肥満も起きにくい。 などなど、他にもマラリアなどの病気に対する抵抗性など小さいことなら五万とあると思うが、今、すぐ出てくるのは、こんなところである。 

 さて、このあと今から約5500年前に、メソポタミアやエジプトそしてインダスや中国そしてその他の地域にも文明が開花していく。 それは、精巧な石器などとともに青銅器の時代がきたことも示す。 

 ところで、メソポタミアを起こしたのは、大きな人種的な枠では、今のヨーロッパ人に近い人種のグループだが、のちのギリシャやローマのような現在まで続くヨーロッパ文明を築いたグループではない。 それらのヨーロッパ文明は、4000年前頃に黒海とカスピ海の間あたりに起こった新たな言語(いわゆるインド・ヨーロッパ語族)を話す集団が、移動してから起こったものだ。 

 また、エジプト文明もインダス文明も、このインド・ヨーロッパ語族のグループとは、直接関係ない。 のちに、この語族の一群が、インド北部や東部に侵入して、新たな文明を北インドに起こし、バラモン教などを起こすが、それは、もっと後のことである。 つまり、4大文明のどれも、のちにヨーロッパ文明を起こした集団とは、直接関係ないのである。 (もちろん、ギリシャ近辺などでは、非常に早い時期(5000年前頃)から、有史文明を起こしていることも事実であるが、そこでは、暗黒時代などというのもあり、たとえば、その前と後では、民族が大きく異なることも考えられる。)

 さて、この青銅器時代以降の各文明の内容は、私には、膨大すぎて手に負えないというのもあり、また、私は、人種や民族の移動(それは、現代なら侵略やジェノサイドとかと同義語となる場合も多いと思うが)というのに非常に興味があるので、その時代以降の主にそういう集団の移動からみた歴史の経過を見てみたいと思う。